雨のせいじゃない

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2015年 05月 31日

宇部市の地図(昭和13年版)

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宇部市全圖 昭和十三年度版
国境が強調されています 鍋島まできっちり
吉敷郡西岐波村、厚狭郡二俣瀬村、厚狭郡厚東村、厚狭郡厚南村と合併前です

常盤池の現在の湖水ホールあたりに「ゴルフリンク」って書いてあるんですけど、営業してたんですかね
草江海水浴場の所にも破線の部分があって、凡例を見ると「宇部ゴルフコース兼飛行場」と書いてあります
飛行場の方はわかりますけど、、、


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右上に宇部中學校があります

現在の工学部通りが参宮通り過ぎに無くなっています
破線が現在の宮地公園につづく路まで工事予定になっています
その宮地公園ですが、その前は宇部農芸高校だったのは、幼稚園のとき豚舎の見学に行ったことがあるので憶えています
この地図では「○獣解体場」となっています(一部読み取れません)

工学部通りの延長はこの地図の「宇部商業學校」(現在の宇部工業高校)の北側をかすめて、出雲大社分院の南側を通り真締川を渡り「護国神社」方面と「樋ノ口橋」方面に分かれる三叉路になりました
この橋、御影石を並べた沈下橋で自転車で通るのはかなり恐かった
その後橋は立派なものになったけど、朝の通勤時間帯、大渋滞してたので、杉田時計店のおいちゃんが交通整理をしてました。
信号にかかわらず臨機応変な捌きは見事でした
現在は新川小学校に続く道ができて十字路になりましたが


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右下に神原公園、神原小學校、縣立宇部高等女學校(現在の琴芝小学校)が見えます
神原公園の福原公銅像、なんで再建されないのかなぁとのんきに思っていましたが、戦時中に供出されたのだから戻るわけないのを護国神社に行って気づきました
渡辺翁の銅像も供出されましたが、型が残っていたから昭和28年に再建されたということを忘れていました
縣立宇部高等女學校は後に宇部中と併合して、元の宇部中が「北校」、女学校側が「南校」と呼ばれていたと聞いております
私の時代はまだ宇部校のことを「北校」と呼ぶ人は多かった気がします
南校は琴芝小学校になってしまったので聞きませんでしたが

少し西側に「宇部高等技藝女學校・宇部女子商業學校」が見えます
後の宇部女子校、現在の慶進高等学校ですが、産業道路を挟んで南側は現在は放射線科やらフォーユーになってますが、戦争を挟んで何があったかは知りません

となりの「宇部紡績株式會社」、現在は県の総合庁舎、宇部市立図書館、ガス屋さんになっています
図書館敷地内に紡績工場の「ももいろ煉瓦」が残されています

さらに西に行って樋ノ口橋を渡ると「縣立宇部工業學校」「高等小學校」があります
宇部工業高校は前出の商業高校の場所に移転したのでしょう
高等小學校というのがわかりません
聞いたことがあるかもしれませんが、今はわかりません
その後、県立の医学学校になって、現在の山口大学医学部になったと聞いています

この医学部の正門前あたり(松浜町)に幼稚園の頃住んでいたので思い入れがあります
大正町(現昭和町)のばあちゃんの家と行ったり来たりでしたが、幼稚園の年長組になるとまじめに通っていました
年少、年中時、さゆり幼稚園に通っていたのですが、折り合いが悪くほとんどサボタージュでした
青い目のシスターがうじゃうじゃいると恐いです(今は平気です)
唯一の日本人先生とは折り合っていたのですが
3年目は小松原幼稚園に転入しましたが、先生が全員日本人で安心しました
こちらも英語の授業があったり、教会で礼拝があったりしなのですが
松浜町に話を戻しますと、現在ふじた画房のとなりの駐車場のところにふじた商店があって、よくお菓子や丸美屋ののりたまを買いに行ったのです(商店と画房の位置が逆だったやもしれません)
ある日、ウエハスが食べたくて買いに行ったのですがウエハスが思い出せなくて、店のおねいちゃんに「れいはい」下さい言うてしまった
おねいちゃんの頭上に「?」がいっぱい(当然、今思い出しての言い回しであるが)
自分も違うのが分かっていても、「れいはい」以外思いつかない
ショーケースを探し回って「これ」
おねいちゃんがうれしそうな顔をしてくれた
「まちごうちょった」
「は~い」
なぜかこの情景が強く印象に残っているのです


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今はなきソーダの引き込み線もこの地図では建設予定なのですね
大正町(現昭和町)から東見初炭鉱は2、3歳時ばあちゃんの家から遊び回っていましたが、まだ縦坑もない時代みたいですね
後日、東見初炭鉱周辺の地図と「一人てくてくまち歩き」して紹介しようと画策しております(絶対やるとは言ってません^^;)


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宇部の中心市街地ですが、空襲前なので現在と違い過ぎて比較が難しいです
右側に見える「宇部劇場」が後のエムラですよね
市役所の位置は現在の郵便局?新川町三丁目に末広の本屋があって、二丁目に寺があるところに「ちまきや」ができたのですね
常盤通りをまっすぐに広くしてからですが

老松町のワンブロック南側の通り、岬通りから続く道で、父親から話をよく聞いていたのですが、
大正町からてくてく歩いて、錦橋を渡って万来町にサーカスを見に行ってたと
現在の錦橋と角度が少し違っていて、空襲を免れて現存する錦橋商店街の細い道の延長に橋があったそうです
あの細い道をボンネットバスが通っていたと聞いています(岸和田のだんじりを連想してしまいます)
昔のバスの方向指示器って剣型の赤い板がパタンって横たわるものだったでしょ
ぜってい引っかける

地図の左上に「新川小學校」がありますが、現在は宇部興産ビル「ANA(エーエヌエー、アナではない)クラウンプラザホテル」なのは皆さんご存じ
記念館のピアノはこの新川小學校の講堂に置いてあったようです


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宇部線と平行して海側に走る私鉄「宇部電気鉄道」があります
両者が同時に存在していたことは知りませんでした
宇部線の引き込み線と電気鉄道で荷物の受け渡しをしていたのでしょうか
電気鉄道は鉄工所と窒素工場の間を南下してセメント工場、火力発電所まで伸びています
西側へは宇部線は「助田」「藤山」「岩鼻」と続くのですが
電気鉄道は藤山駅の海側に「居能」駅があります

鉄工所の北西に「長門工業學校」ってのがありますが、これは渡辺祐策翁が開いた学校なのでしょうか


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左側の小松原通りに浄園寺が見えます
斜め右下に三炭町、後の興産通りと新川駅との位置関係が違いますね
中央銀天街も当然違いますね(戦後の闇市から今の形になった)
引き込み線の軌道跡が児童公園(銀天プラザ)になったと聞きました
新川座のあとがセントラル大和(中央大和)ですね
駅前大和はどこなのでしょう


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右側に「沖の山小學校」が見えます
子どもの頃は西部体育館のところにあったので意外です
後に市営住宅になったと思います

小松原幼稚園に通う内に小松原に引っ越してしまいましたので、ここらへんも思い入れがあります
鵜の島小学校に入学して程なく炭鉱が閉山して沖の山小学校も解体されて児童はバラバラになりました
宇部にそのまま居着いた家庭の子は市内の学校に分散したみたいです
鵜の島小学校にも何人かが転入してきました

元々宇部の炭鉱で働く人はよその地域の人が多かったのですが、島根、大島町、広島、新潟の人が多いのを聞いていました
宇部弁も山口弁とは少し異質なのはこのせいなのかと思ったり思わなかったり

閉山を前にして人材不足の折、遠方の企業から勧誘が多くあり、会社見学と称して招待されて、歓待されていたようでした
それを目当てに何回も招待を受ける輩がいると父親から聞いた覚えがあります

話を戻して、ほぼ中央に見える鍋倉山ですが、浜バイパスを通す為に分断する必要があったのです
破線とは違うルートを通っていますが鵜の島小学校から藤曲まで現在のバイパスの工事が私が小学生の頃始まりました
現在の西部体育館のところの沖の山小学校跡に陸上自衛隊が駐屯(?)して鍋倉山の発破解体を少しずつ進めておりました
沖の山小学校のとなりに結構な広場があって、炭のカスでならされていたので、バッタ取りなんかしてると東見初の事務所裏の炭カス山にケンカを売ったように靴下が真っ黒になります
この広場には溝が長く掘ってあり、片側に土が盛ってあり、自衛隊の演習が行われたのだろうかと思ったりしたのですが、発破が始まるずっと前からあったような気がして時系列の自信がありません

この広場の南側の端っこに塀に囲まれた立派な屋敷がありました
そこの主を私達は「スイカじじい」と呼んでいました(理由はわかりません)
当時の子どもたちの連みかたは小学1年から6年までがまとまって遊んでいました
先輩は後輩に人生の難しさを教えてくれました
「スイカじじい」だけは違うようで私達下級生は上級生の言うがまま、屋敷にロケット花火を打ち込むのです
「スイカじじい」が顔を真っ赤にして追いかけて来ます
必死で逃げて道を渡って山本商店の右に逃げる者、左に逃げて赤川沿いに住宅街に入る者
スリルはあるけど、私には「スイカじじい」にあのようなことをする理由はなかったのです
上の命令なのです
小さいイスラム国が存在していたのでしょうか

話が脱線してしまいましたが酒のせいやもしれません
「一人てくてく」のネタになったかどうか、車の置き場所を考えて歩いて見ます



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by ubeon | 2015-05-31 02:44 | 宇部 | Comments(2)
2015年 05月 25日

てくてくまち歩き

5月23日(土) 10:00~12:00 集合 キワ・ラ・ビーチ駐車場(東岐波)

宇部市ふるさとコンパニオンの会のガイドで、てくてくまち歩き「7世紀~中世・近世のネット基地」のタイトルでウォーキングイベントが行われました
参加費は無料です

今回は33名の参加がありました
登山道は縦列になりますので班を三つに分けて行いました


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9:48 みなさん続々とお集まりです


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10:00 出発前に準備運動、山口弁ラジオ体操で身体をほぐします
後方に見える小さな山、日の山に登るのですが俗称象山、この角度では象が伏せた感じには見えません
標高は146.1m ま、山というより丘なのですが、なめてはいけません


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10:10 出発です
植松川へつづく水門を右に渡れば


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10:12 古尾稲荷神社の参道の赤鳥居が現れます


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10:12 なんか先行きに不安が、、、


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10:14 古尾稲荷神社が見えてきました

古尾稲荷大明神の由来
 今を去ること壱千貳百年前天平勝宝三年山城國伏見稲荷大本尊稻倉魂大神(ウガノミタマ神)を古尾稲荷の旧跡に分霊勘請して創建した関西一の古き伝統と霊験顕著の由緒を誇り信徒の参拝で足を絶えざりしが明治四十三年内務大臣の指令に依り波雁ヶ浜境内の氏神八幡宮に合祀されしを時恰も壱千貳百年大祭式典を契機に近郷の信徒竝に奉賛会に於て昭和廿八年四月の吉辰を卜し風光明媚の霊峰日の山の頂上に巌に御遷宮申し鎮座し奉りました 敬白


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10:17 お稲荷さんから右手に登山道へ向かいます


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10:21 え~、意外と辛そう^^;


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10:35 千畳敷と言われる花崗岩の広がる展望スペース 西側、宇部市街地方面を展望できます

個人的に結構足にきています
1班についていたのですが先に行ってもらって2班に同行です


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10:45 八紘一宇の碑が対でありました
戦時中は何かあると日の山に登ってお祀りがあったようです(地域差はあります)


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10:48 古尾稲荷旧社跡の近くにわからない祠があります 狐を祀ってあるそうですがわかりません


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10:54 山頂まで400mの札を見てがっかりした頃ですか、後方のお客様から「一人で歩くの恐いですね」言われました
「ほんとうにいやですね」
何かあったらどうしましょ
「携帯の電波は届きますかね」
「あ、三本立ってますね」
「とりあえず大丈夫ですね」


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11:01 山頂です しょぼいけど山頂です


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11:02 皇太子殿下御降誕記念の碑があります 昭和八年一二月ということは今上天皇の御降誕時全国でお祝いされたのでしょう


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11:08 山頂で休憩の後少し歩くと道標のような何か
頂上の三角点の碑なのだそう


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11:08 東側に少し降りたら阿知須や秋穂方面が眼下に見えて来ます


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11:09 いかにも烽火を上げそうな窯のような建造物が見えますが、比較的新しいもので常夜灯として灯台代わりに使われていたようです


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11:11 受け取った烽火通信は写真中央のギザギザ山に烽火を炊いて伝えられていたようです


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11:12 あいにくの曇り空ですが秋穂地区の島がよく見えます
秋穂(あいお)の車エビは美味い、、、東岐波にも本当はおいしいとこがあります


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11:17 焼火(たくひ)神社の由来がぼろぼろで読めません
無理矢理読むと
 その昔、東岐波や阿知須の人達は、火難除けの神として秋穂二島の焼火神社を崇敬していたが、遠距離のため神社への参詣ひは不便を感じていた。折しも、文化五年(一八〇八年)阿知須で一三四戸が消失、更に弘化三年(一八四六年)には岐波浦にて五六戸が焼け、人々は火災の恐ろしさにおののいた。そこで近くに火災鎮護の神として、隠岐の島の焼火神社を勘請しようとする機運が高まったが、諸般の事情で実現しなかった。その後、明治十年(一八七七年)阿知須における一六七戸の大火災を契機に、再び鎮護勘請の話が持ち上がった。明治十三年(一八八〇)、・・・中略・・・
・・・後略・・・


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11:24 東側阿知須側に下り始めましたが、結構ハードです
年配の方々、すばらしいです 私がリハビリ感覚なのがいけないのでしょうか
膝が笑いっぱなしです


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11:32 竹林にさしかかりました、平地に近くなった気がします


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11:37 平地に戻ってきました 高いとこ弱い人間としてはかなりほっとします


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11:45 道端の風景


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11:46 NTTの標識は昔の小字が残っていて趣があります


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11:47 この建物は何なんでしょう 趣があります


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11:59 若宮古墳です
 東岐波の若宮海岸近くに、約1,400年前に造られた5基の古墳群で、横穴式石室という、死者を埋葬する部屋を土で丸く覆った円墳です。 古墳からは、多くの須恵器や装身具(ヒスイ・メノウ・水晶製の勾玉やガラス小玉、碧玉製管玉など)の他に、鉄鏃や刀子などが出土しました。 周辺地域を支配していた豪族とその家族の墓と思われます。 (宇部市サイトより)


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12:02 若宮古墳から階段を下りると集合場所の近くのキワ・ラ・ビーチに出ました


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12:13 少し時間オーバーでしたけど、ここでお別れです お疲れ様でした


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次は6月7日(日) JRふれあいウォークでJR草江駅から常盤公園まで歩いて菖蒲苑を基本にしていますが、動物園やらいろいろ、、、費用は実費です JR草江駅集合 車での参加の場合は宇部空港の駐車場を利用します
(問い合わせ・申し込みは宇部市観光・6次産業推進課:TEL 34-8353 FAX 22-6041)

6月10日は早朝散歩 5:50~8:00 常盤用水路の流れに沿って技術の高さを改めて確認してみるのもいいかも参加は無料です 飛び上がり地蔵前に集合です
(問い合わせ・申し込みは常盤公園管理課:54-0551 FAX 51-7205)



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by ubeon | 2015-05-25 01:27 | ふるコン | Comments(0)
2015年 05月 18日

通常ガイド-毛利愛好会

5月16日(土) 9:15~11:15
琴崎八幡宮~福原史跡公園~護国神社~宗隣寺まで

山口市から毛利愛好会のツアーでおいでました
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9:01 バスが早く着いたということで予定より早く始まっていました


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9:03 実際は写真ほどきつくは見えません


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9:04 登ってみれば、まだ参道は続きます


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9:12 少し歩くと最後の鳥居


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9:15 本殿です


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9:18 いろんなお守りが売ってます


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9:23 琴崎八幡宮の由緒が書かれています
よく見えませんね

琴崎八幡宮

御祭神
足仲津比古命(たらしなかつひこのみこと)(仲哀天皇)多紀理比女命(たぎりひめのみこと)
品田和気命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)多紀都比女命(たぎつひめのみこと)
気長足比女命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)市杵島比女命(いちきしまひめのみこと)

御由緒
清和天皇貞観元年宇佐八幡宮より、京都石清水八幡宮にご勧請の際、海上風波のため御船を宇部郷琴芝の浦に寄せられ給ひし時、神徳を景仰し社殿を建て勧請す。爾来里人の信仰日に月に厚きを加え、領主藩主の崇敬も厚く、厚東氏長門霜降山に居城するや城南の鎮守として代々崇敬す。
七代厚東武光長門国守護職に任じぜらるや、社地を西の宮の地に移し、社殿を造営し祭事を奉仕し、崇敬最も厚く、後大内弘世長門国守護職となり、長慶天皇天授三年神託により、琴崎の地に奉還す。此れ現在の社地なり。藩主毛利氏の崇敬更に厚く正親町天皇(おおぎまち)永禄九年社殿造営に当り、毛利元就は竺雲禅師を参拝せしめ献資す。領主福原氏代々崇敬厚く、社領を献じ東山天皇元禄十年福原広●社殿を改造し奉る。 福原越後は常に当社に参●して国事の遂行を祈請す。昭和十一年三月壮麗なる●社殿●●築落成し境内外を整備拡張す。
明治六年郷社、昭和十三年県社、昭和四十一年には別表神社に加列せらる。
津川謙一


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9:40 福原史跡公園へ移動


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9:47 家屋はとっくの昔に取り壊されて公園のようになっていますが、福原公とは全く関係ありませんが、このつばきの葉っぱ


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9:48 写真の露光があっていなくて見づらいですが、葉っぱの先っぽがもれなく変です
金魚つばき、、、俗称でしょうが、そのように呼ばれているようです 遺伝子異常でしょうか
関係ないけど、女性の食いつきがいいところです


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9:49 鹿子の木 空洞はなんだ これは男性の食いつきがよかったです


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10:13 話とんで宇部護国神社です

由緒
主神 福原越後元僴公(福原家第二十四代)
    毛利藩を救うため禁門の変(元治元年七月)の責任をとって同年十一月岩国に於いて自刃された(五十歳)
合祀 御英霊(禁門の変で戦死された二十二柱より、大東亜戦争まで國の為に戦死された宇部市全域にわたる尊い御柱)
    御霊(消防等の公務殉職者)

当神社は、禁門の変の御柱を西側奥地の「維新招魂社(通称御霊社)に合祀して以来、約八十年にわたる戦死者の尊い御英霊をお祀りしてあり、英霊顕彰が続けられております、社名 社殿は昭和年代の変遷を経て現在に至っております
当神社と縁の深い福原氏は、宇部領主として治世約三百年の間、鵜の島開作 蛇瀬溜池 新川掘削 常盤溜池等領勢増進に格別の努力を傾注するとともに、菁茷堂 後に維新館を開設して人材養成にも励み、禄高一万石を大きく凌ぐ程になりました
尚、永大家老として歴代毛利藩の経営にあたり多大の功績がありました 越後公は、徳山藩主毛利広鎭公の六男でしたが 福原家に養子となり永代家老を勤めな乍らも、領内の治世に謹み領民からの敬愛は特に厚く、なきがらは宗隣寺に葬られました
越後公自刃九ヶ月後には藩より罪状焼棄されたので「維新招魂社」の建立となり、後に正四位 男爵を賜りました
越後公の養子芳山公は、明治初期英国留学により石炭の重要性に着目、帰国後宇部鉱区の流出防止と統合を積極的にすすめ、これを宇部共同議会に継承して産業発展の基礎作りに多大の功績がありました


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10:28 本殿はこじんまりしています
左側にある福原越後公の銅像は2010年に建立されました
福原越後公の銅像は戦前、神原公園にあったようなのですが、戦時の供出で失われて久しかったのですが、一般人女性の寄付により違う形で蘇ったそうです


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10:57 移動しました 宗隣寺本堂です


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11:04 宗隣寺のお話を住職に聞きます


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国指定 名勝
宗隣寺庭園
所在地 宇部市大字小串射場元
指定年月日 昭和五十八年二月七日

 宗隣寺庭園は、臨済宗宗隣寺の方丈の北側にあり、書院に面する築山泉水庭(つきやませんすいてい)で、竜心庭(りゅうしんてい)と称している。
 南面する丘陵に立石をおいて中心石とし、脚下にソテツを群植しその下に池の向かって枯滝を組んでいる。池中に八個の中型の立石を二条の夜泊石(よどまりいし)風に配置して特有の意匠を作り出している。全体として均整のとれた構成をもち、その景観は立体的である。
 また、池の淺瀬は干潟様(ひがたよう)と称し、古庭園では岩手県毛越寺と当寺のみに現存する我園庭園史上学術上貴重な遺構である。
 宗隣寺は、一六七〇年(寛文十年)領主福原広俊が亡父元俊の菩提のため、荒廃していた普済寺の地に開創したといわれ、庭も普済寺の池庭を改修整備したものと推察される。
 したがって、その原形は南北朝時代までさかのぼることとなるが当時の寺院の書院庭園としての様式良く保存している優秀な庭園である。

昭和五十八年十二月   文部省


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11:15 住職が説明して下さいます


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11:24 毛利の家紋、一文字三つ星と違う


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11:26 皆様お疲れ様でした 私達とはここでお別れです これから九州に行かれるんでしたっけ?


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by ubeon | 2015-05-18 01:19 | ふるコン | Comments(0)
2015年 05月 15日

通常ガイド-丸尾原保育園

5月14日(木) 10:20~12:00 常盤公園中央駐車場集合

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10:15 いらっしゃ~い


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10:21 事前説明


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10:27 動物園入り口


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10:33 迷子にならないでね


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10:35 見えるかな


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10:39


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10:42


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10:49 トクモンキー 飼育員がいました


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10:52 コツメカワウソが泳ぐと歓声があがります


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11:02 ぴ~す


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11:04 時間があるのでミニ動物園へ
※有料の動物園の混雑をさけて早めに出たため


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11:08 カピバラ ゆっくり見られるね


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11:11 フラミンゴ


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11:31


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11:34 ここで昼ご飯 じいちゃんの鼻の中に何がある?


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11:37 子どもたちの手作り記念品を頂きました ありがとう


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11:38 ばいば~い



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by ubeon | 2015-05-15 14:40 | ふるコン | Comments(0)
2015年 05月 09日

熱帯植物友の会とのコラボ ときわ公園の野外植物観察

5/9 9:30~11:30 ときわミュージアム前集合
常盤公園の熱帯植物館友の会と宇部市ふるさとコンパニオンの会の合同イベントです
末廣先生の案内で行われました


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9:34 先生の説明を聞く
常盤公園内の外来種や絶滅危惧種の話が続く、、、


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10:04 ミュージアム前のソテツの説明 樹齢の計り方など


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10:13 「湯浴みする女」レプリカ像のある花壇付近のクロマツ
直径を測って樹齢を推測 常盤池ができたときには現存したよう 樹齢320年以上


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10:26 アカマツ 木肌がこんなに赤いとは知りませんでした^^;


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10:28 ユーカリ 先生によれば、それほど古くはない、樹齢は50年程であろうとのこと
オーストラリアのニューカッスル市と姉妹提携したのはいつでしたっけ?
コアラを飼育しようと考えたこともあったそうな
ユーカリの種類はたくさんあるけど、コアラが食べてくれるのは4種類だけなんだそうです 挫折しますね


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10:35 これ何でしたっけ 通用門への道中、ロックガーデン側に見えます


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10:38 タンポポに似てきれいだけど、外来種で迷惑なのだそうです


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10:41 タブノキ


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10:55 松葉と言えば双葉というのは国内だけだそうです
国外は三つ葉が主流なのだそうです 外来の三つ葉の松葉


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11:01 コジイ 椎の木の一種みたいですけど、説明を聞きそびれました^^;


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11:07 菖蒲苑とスイレンの池
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11:09


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11:10 スイレンの池のサビ色は何故なのでしょう


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11:15 常盤池には水鳥 鴨はわかりますが、合鴨?真鴨?


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11:23 こんなところに彫刻が、、、
空・地 望月久也 1993年 作者寄贈


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11:30
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11:32 ナンジャモンジャノキ 一つ葉田子(ヒトツバタゴ)


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11:39 帰り際、老人の家、牡丹苑を朽ち果てそうなわらぶき屋根を気にしながら通り過ぎましたが
牡丹がまだ残っているのか、シャクヤクが咲いているのか、、、確かめる元気がありませんでした

皆さん、お疲れ様でした


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by ubeon | 2015-05-09 23:21 | ふるコン | Comments(0)
2015年 05月 02日

JRふれあいウォーク

5月1日(金)10:15~15:20
「春爛漫のときわ公園 大人も楽しむ新しい動物園が開園しました!」というタイトルでウォーキングイベントが開催されました
案内は「宇部市ふるさとコンパニオンの会」が行います
参加費は実費 動物園入場料、昼食代です
ゴールデンウィークの谷間のせいか、参加人数が7名と少しさびしかったのですが、、、


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10:12 電車が到着してメンバーが揃いました
JRふれあいウォーク(JR西日本広島支社)なのでJRの駅が起点になります
今回はJR宇部線の草江駅が起点です 車で来る場合は駅前の駐車場が少ないので、近くの山口宇部空港の駐車場を利用します


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10:23 スタートです


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10:25 草江児童公園の片隅に何かありました
右は皇太子殿下行啓記念碑、左は、、、文字が読み取れませんが、明倫館祭酒「藍田小田村直道」が読めま
小田村伊之助(後の楫取素彦)が養子に入った小田村家の先祖だそうです。

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10:35 初めて歩く道


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10:42 常盤遊園の観覧車が見えてきました


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10:44 常盤公園入口交差点


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10:49 正面駐車場前
重力質Ring'03 曽我孝司 2003年


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10:51 同じく正面駐車場前
重力空間-赤 内田晴之 1997年 大賞(宇部市賞)


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10:55 正面入口より入場して石炭記念館下
抗夫 荻原守衛 1907年
1991年「宇部炭田発祥の地」記念像建立事業で市民や企業による寄付により建立された
当初「鋳型が痛んでいるのでこれ以上、作品を抜きたくない」と難色を示していた長野県穂高町の碌山美術館に頼み込んで抜いてもらったそうです


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10:59 石炭記念館前


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11:02 石炭記念館 まずは展望台 常盤湖


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11:06 正面入口、動物園、遊園地方面


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11:12 2階に降りると、ユネスコ記憶遺産登録の「山本作兵衛炭鉱画」展が開催されていました
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作兵衛氏は一つだけ真実を伝えていないことがあると言われたそうです それは「坑内はこんなに明るくない」と言うことだそうです
ガイドOさんはもう一つあると胸を張ります 「坑内にこんなきれいな女の人はおらん」そうです 「炭で汚れて無くて真っ白なわけなかろ」ごもっとも^^


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11:29 石炭記念館を出て湖畔を歩きます ツツジがいい感じに咲いています 一行の向こうにさりげなく彫刻が
わく 井上武吉 1967年


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11:34 ここにも彫刻
寄り添う座 増田正和 1976年 第5回神戸須磨離宮公園現代彫刻展
ガイドOさん「この石でできてる座布団二枚、およそ40年前に設置されたんですが、40年も経つと石も曲がるんですかね~?」(ないない)

奥に見える白い彫刻
時のシルエット 新宮晋 2003年 大賞(宇部市賞)


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11:35 混雑を避けて少し早めの昼食です ガイドのOさんの心配りです 石焼きピビンパランチがおすすめらしいです
私はいつものAランチにしました



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12:32 昼食を終えてすぐ下の彫刻
蜘蛛のいと 藪内佐斗司 1997年 宇部興産株式会社賞
内部に無数の童が蜘蛛の糸を見上げています
ガイドOさん「童に鹿の角をつけた絵を想像してごらん。せんとくんになるでしょ?」
反応はいまいちでしたか^^;


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12:36 市内の小学生が遠足で訪れていました
無題№95 1985 田中米吉 1985年 大賞(宇部市賞)


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12:36 子どもたちがいい感じに彫刻とふれあっています
ネジリンボウ'81-A-B 能登原弘芳 1981年 宇部興産株式会社賞


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12:38 宇部ビエンナーレのシンボル的存在の「蟻の城」の近くで子どもたちがダンスをしています


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12:43 ペリカン島の近くの藤棚


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12:56 用水路を渡ってロックガーデンへ


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13:02 ときわミュージアムへ向かいます すでに脚に来ている私にはこの坂はつらいです


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13:06 熱帯植物館の蘭展示場


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13:08 サボテン展示場


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13:17 熱帯植物展示場


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14:07 間をはしょって動物園のシロテテナガザル


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14:19 コツメカワウソのテリトリーに入ってくるボンネットモンキー


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14:19 コツメカワウソは室内にいました この時間帯は外出させないみたいです


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14:30 動物園を出て参加メンバーの皆さんにアンケートに答えていただきます


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14:39 常盤公園をあとにします まだ駅までのウォーキングがあります


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14:52 国道190号線の国境の碑を見ながらウォーキングはつづきます
黒い車の右側、中央分離帯に小さな碑が見えると思います 長州の左が周防、右が長門です


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15:04 常盤駅に到着
電車で参加の皆さんのために起点の草江駅より少し近い常盤駅にしたのはガイドOさんの心配りです^^


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15:19 電車が到着しました 電車で参加の皆さんとはここでお別れです お疲れ様でした


デジカメのバッテリーが切れてしまいました

残りのお客様とふるコンメンバーは空港通りを歩いて草江駅へ戻りました
常盤駅が山口宇部空港の滑走路の東端で、草江駅が管制塔の位置とすれば、2㎞弱離れているんでしょうか
みなさん、お疲れ様でした



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by ubeon | 2015-05-02 21:47 | ふるコン | Comments(0)